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「んーやっぱりうちの学校って課題多いよ!」

図書室で借りた分厚い資料を閉じて、大きく伸びをしてから窓を開けて向かいの三蔵の部屋を見たら窓は開いていたけど部屋の電気は消えていた。

「・・・にしても相変らず寝るの早いなぁ。光明おじさんが早寝早起きだからその所為かな?」

三蔵が起きてたら気分転換にちょっとおしゃべりしようって思ってたのに・・・残念。

「それにしても三蔵が家で勉強してるのってあんまり見ないけど、どうしてあんなに成績いいんだろう。」

・・・はっ!まさか、生徒会長の権限を利用して課題提出を無しにしてるとか!?
先生の弱みを握って課題を減らしてもらってるとか!!
それとも・・・

「・・・そんな権限はねぇぞ。」

「え?」

「それに、他人の弱みをそんな安いモンに使うわけねぇだろう。」

あたし、今口に出してないつもりだったけど・・・声に出してた?
いや、それよりもこの声何処からしてるの!?
今迄真っ暗だった三蔵の部屋に点のような小さな明かりが灯ったと思うと、すぐ後ろから細い煙が窓の外に流れてきた。
そしてゆっくり窓辺に近づいてくる影。

「独り言ならもう少し小さな声で言え。」

やっぱり口に出してたのか。

「だって三蔵寝てると思ったんだもん。」

「今度はちゃんと確認してから話すんだな。」

月が雲に隠れてる上、部屋の明かりがついてないから三蔵の表情見えないけど・・・絶対笑ってるんだろうな。
ゆらゆらと登る煙草の煙をじっと見つめながら、お約束の台詞を口にする。

「生徒会長様が煙草なんて吸ってもいいの?」

「ここは学校じゃなくて自宅なんでな、生徒会長なんて職はねぇんだよ。」

「でも煙草は二十歳になってから・・・でしょ?」

「一般ではな。」

「そうだよね、三蔵の家は治外法権だもんね。」

「分かってるならいちいち言うんじゃねぇ。」

「あははははっ」

「ったく、馬鹿が。」

あたし、実は三蔵とこう言う何気ない会話するの・・・好き。
学校で三蔵と話をする時は、やっぱりファンクラブがあったり学校の期待をしょってる三蔵だから・・・何て言うか、ちょっと違うんだよね。
まぁ周りの女子の目が痛いって言うのが殆どだけど。



だけど今は、昔と同じ・・・あたしだけの、あたしだけが知ってる三蔵だから・・・。



そう思うと何だか急に嬉しくなって、どうせならもう少し近くで昔みたいに話しをしようって思って小さい頃みたいにひょいって窓枠に足を掛けて三蔵の部屋の屋根に飛び移った。

「へへぇ・・・来ちゃったv」

「・・・あのなぁ」

「いいじゃん、昔は良くこうして話したでしょ?」

言いながらピースをしようと片手を窓枠から離した瞬間、足元が滑った。

「きゃ・・・」

!」

そのまま落ちると思って目を瞑った瞬間、部屋の窓枠を掴んでいた手を大きな手に掴まれぐいっと思いきり引っ張り上げられるとそのまま柔らかな物の上に倒れこんだ。
硬直していた体に酸素を取り込むように小さく呼吸を繰り返していたら、ようやく頭に酸素が回ってきて思考が動き始めた。



・・・こ、怖かった。マジで落ちるかと思った!



そんな恐怖の為ドキドキする心臓の音に耐えながら、ふと自分が何の上に倒れこんだのか気になって、それをポンポンと手で触ったら不機嫌な声が頭上から聞こえてきた。

「・・・触るな。」

「え?」

「くすぐってぇんだよ」

「は?」

その声に驚いて顔をあげたあたしが一瞬だけ差し込んだ月明かりの下で見たのは・・・ベッドに横になっている三蔵にしっかり右腕を掴まれて、そのまま三蔵の体の上に乗っかっている自分。

「うわぁっ!!ごめっ、ゴメン三蔵っ!」

そんな体勢で大人しくしていられる程子供じゃない。
まっまさか三蔵に助けられた上、こんな体勢になってるなんてっっ!!恥ずかしすぎる!
でも三蔵が手を離してくれないので、自分の部屋に帰る事も出来ない。
再びジタバタしていたらいつものように頭に大きな激痛と聞きなれた音が耳に飛びこんだ。



「こっの馬鹿が!!」



バシ―――――ン と、いまやお決まりの三蔵のハリセン(しかもあたし専用)
痛みでホンの少しだけ自我を取り戻したあたしは、ジンジンする頭を押さえながら取り敢えずハリセンで叩いた三蔵の方を振り向いた。
するとそこには・・・見るからに怒った顔の三蔵が・・・いた。

「ガキみたいな事してんじゃねぇ!」

「だ、だって平気だと思ったんだもん!ただ靴下履いてたのが今回の敗因で・・・」

「言い訳すんな!」

本日何度目かのハリセン。
流石にこんなに何度も叩かれると、ちょぉ〜〜っと痛いぞ。

「ったく、重い!」

三蔵が勢い良く起き上がってあたしをまるで掛け布団でもはぐかのように転がした。
これが・・・これが女の子にする扱い!?
さっき迄のドキドキは横に置いといて、いつものように三蔵に食ってかかった。

「ちょっと!これが女の子に対する扱い?「怪我、無かったか?」って言う心配も無し!?少しは優しい言葉掛けてよ!!」

「俺にそんな事言う前にてめぇが言う事あるだろう!」

「何を!」

「俺が助けなけりゃてめぇは今頃何処にいた!」

「・・・あ。」

言われてみればそうだ。あたしってば三蔵に助けてもらったのにお礼、言うの忘れてる。
だってさ、助けてもらったお礼言おうとしたら三蔵に乗っかってたんだもん!お礼言うよりもまず驚くじゃん!!

でも・・・そうだよね。
あたしが三蔵にどうこう言う前にまずはお礼が先だよね。

「・・・ごめん、三蔵。助けてくれてありがとう。」

「・・・」

三蔵が言う事はいつも正しい。
あたしが良く考えずに何か先走ったりすると、ちゃんと教えてくれる。
その教え方はちょっと乱暴だけど、でも・・・そこが三蔵らしい。

「お礼言うの遅くなっちゃってゴメンナサイ。」

ペコリと頭を下げると三蔵がそっとあたしの頭を胸に抱えて小さな声で呟いた。

「・・・怪我は無いか。」

「え?」

思わず顔をあげようとすると、頭を押さえつけられて再び胸に抱え込まれた。

「怪我してねぇかって聞いている。」

「あ、うん・・・大丈夫。」

「・・・そうか。」

顔をあげたホンの一瞬見えた三蔵は、珍しく何かに照れたような顔をしていて・・・あたしの視線に気付いた三蔵は小さく舌打ちをしたあと、再びあたしを胸に抱え込んだ。
久し振りに聞いた三蔵の心臓の音は、今のあたしと同じくらい早くって・・・でも、その音がやけに心地よく耳に響いた。

そっと目を閉じて三蔵の背中にゆっくり手を回すと、あたしの頭に置かれていた三蔵の手もゆっくり背中に回されて・・・雲間から月明かりが差し込むまで、あたし達は暫くそのままお互いの鼓動を聞いていた。





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